Jazz Classic Audio Life

ジャズ、クラシック、オーディオの想いを日々綴ります。   ブログ内で お探しのキーワードを右の枠に入力して GO ⇒

小川隆夫氏著のジャズ諸作

ここで紹介する小川隆夫氏は1950年のお生まれですから、わたしの一年下になります。
整形外科医、DJをされていて、ブルーノート・レコードを世界で唯一コンプリート
コレクションされた人物だということは、ジャズファンなら周知のことでしょう。
アルフレッド・ライオン氏の来日時も、ずっと同行され、医師として友として、親交を
深められていたことを、われわれジャズファンは羨望の眼で見ていたものでした。
わたしも氏の数多い著書を読ませていただき、その長年の実績と奥深く幅広い知識に
感服しているひとりです。


小川隆夫・著書

「ブルーノートの真実」 では歴史的事実、知られざるエピソード、そんな数々の逸話、
物語を克明に取材し、氏の記述によって読む者の心をわしづかみにします。
「BLUE NOTE COLLECTOR'S GUIDE」 は、まさにコレクターには欠かすことが
できない必携の書で、氏のコレクションの入手にいたるいきさつや苦労話。
また、録音やオリジナルに関する、コレクターがもっともほしかった情報、これらが
満載ときているのだから、座右に置くべき一冊であることはいうまでもありません。

それと、これはいいアイデアだな、こんな手があったか、と思わず膝を打ったのが

「ザ・ブルーノート、ジャケ裏の真実」
わたしは レコード・ジャケット裏の 英文のライナー・ノートの意味を知りたい…
と思ってはいても、それを真剣に訳したことがありません。 氏が書かれたこの本は
そんなかゆいところに手がとどく、ほんとうにありがたい 一冊です。
そこに氏が取材したことや、思いを書き加え、見事な 読み物に完成させているのです。

ジャズファンのひとりとして、これからも氏の著書に期待しています。


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守安祥太郎の生涯

これは目的のレコード(後述)を聴いてからアップするべきだったかもしれないと、
いま思っているところです。 というのも、守安祥太郎氏(子年)の生涯のドキュメント、
「そして、風が走りぬけて行った」(講談社刊) を十数年まえに読んで感動し、
その感想を書いたとしても、肝心の彼の演奏を聴いていなければ、ちゃんとしたもの
ではないからです。 しかし、やはり書きたい気持ちは抑えることができません。
著者の植田紗加栄氏という方がどんな人物なのかよくわからない。 5年の歳月を
かけて いろいろな関係者に取材をし、守安祥太郎氏の人物と その謎の死を
500ページを超える大部の本に著しました。


守安祥太郎・本

ショパンの難曲を かるがると弾きこなし、サンバの曲を後ろ手で弾く、というような
(モーツァルトの真似のような)曲弾きをした、または、渡辺貞夫氏は守安氏に憧れ、
楽器はちがうが師と仰いでいた、そしてなんといっても 「モカンボ・セッション」
ときの、ほんとうにくわしいエピソードは、読み手を釘づけにします。 この本には
昭和30年前後の興味あふれるジャズ史の物語が いっぱい詰まっています。
いままでわたしたちは、守安氏を伝説のジャズ・ピアニストとして、なにも知らずに
棚の上にあげていただけでした。
それが、この本によって彼の生きざまが いきいきと目のまえに浮かんでくるのです。
ますます 「モカンボ・セッション」 を聴かなければ、という思いでいっぱいです


守安祥太郎・モカンボ
『The Complete Historic Mocambo Session '54』

1954年7月、横浜伊勢佐木町にあるクラブ「モカンボ」で三日間に及んだ
ジャムセッションのうち、最終日28日の午前零時から明け方までの演奏が
当時ジャズファンだった 岩味 潔氏によって紙テープで録音されていました。
そして21年後に 「ロックウェル(ポリドール)」 というレーベルでレコード化
されたことで、はじめて陽の目をみることになります 。守安祥太郎の演奏は
唯一この音源しか残されていません。 (現在LP,CDともに入手困難)


守安祥太郎

そのセッションの翌年1955年9月28日午後9時すぎ、守安祥太郎は山手線目黒駅
内回り電車に飛び込み、自殺。 10月6日になって弟が遺体を確認しました。
遺書はなく、動機は不明のまま、31歳の若い命を散らせてしまいました。


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植草甚一氏のことを想って

植草甚一氏(申年)、通称JJ氏が晶文社から 「スクラップブック」 と題して第1巻の
「いい映画を見に行こう」 を出版したのは、1976年4月20日のことでした。
発刊は月1冊のペースだったかどうか忘れましたが、いま手元にある本の記録によると、
41巻は出版したようです。 わたしはこのシリーズでは、映画とジャズに関する本を
ほとんど買っていました。 とくにジャズに関しては8冊の、氏ならではの独特の持論が
大好きで、何度も読み返したものです。


植草甚一 8 type

“モダンジャズを聴いた六〇〇時間” “ぼくたちにはミンガスが必要なんだ” “きょうは
朝っぱらからずっとビル・エヴァンスなんだ” など、まさに読みたくなってしまう見出しで、
JJ氏の世界にはまりっぱなしでした。
氏はモダンジャズもさることながら、前衛ジャズに大きな関心と興味を示されていました。
オーネット・コールマン(Ornette Coleman・午年)や ドン・チェリー(Don Cherry・子年)
などなど。 わたしはこれにはついていけませんでした。


植草甚一
JJ氏自筆を印刷した小型パンフレット

映画に関しても、氏自身が東宝の社員だったこともあり、奥の深い、これまた独自の
論評でまくしたてていく文章が、わたしを惹きつけたものです。
そして氏は1979年12月2日に心筋梗塞で亡くなっています。 71歳でした。
「スクラップブック」の最後の4冊は、死後に刊行されたのです。


コーヒー一杯のジャズ / 植草甚一
コーヒー一杯のジャズ / 植草甚一

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